宮崎駿とスナイパー
映画監督のマイケル・ムーアが、スナイパーは卑怯だ、という趣旨の発言をして物議をかもしたことがある。
「アメリカン・スナイパー」を巡る議論のなかでのツイートだ。
卑怯というのは言い過ぎだが、スナイパーは人を殺す時の罪悪感が薄いのは確かだろう。
実際に、アメリカ軍の研究もある。
自分の手で直接人を殺すのと、遠くにいる人間を飛び道具で殺すのは明らかに事情が違うからだ。
- 作者: デーヴグロスマン,Dave Grossman,安原和見
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
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この本において、殺人の際の罪悪感と、殺す側と殺される側の距離に相関関係があることが明らかにされている。
要するに、罪悪感は近ければ強く、遠ければ薄い。
そんなスナイパーを創作物の中で魅力的に描くのは難しい。
世の中には、物陰に隠れて狙い撃ちするスナイパーを嫌う人もいるだろう。
だが例外もある。
それは、弱者が強者に対してスナイパーとして立ち向かう時だ。
小国が大国に対して、女性が男性に対して、少数派が多数派に対してスナイパーとして立ち向かうときは、たいへんに爽快だ。
インターネット上で神格化されているスナイパーにシモ・ヘイヘがいる。
1939年に起こった冬戦争の英雄だ。
大国ソ連の侵攻に対して、小国フィンランドは自国内の森林地帯にソ連軍を引き込みスナイパーやスキー部隊でさんざんに抵抗した。
創作の世界ではどうだろうか。
影待蛍太の漫画「GROUNDLESS : 1-隻眼の狙撃兵-」では、片目を潰され、夫を殺され、子供を取り上げられた女性がスナイパーとして活躍する。
弱き者が狙撃で強大な敵に立ち向かう、判官びいきの爽快感がある。
GROUNDLESS : 1?隻眼の狙撃兵? (アクションコミックス)
- 作者: 影待蛍太
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大西港一の漫画「乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ」では、フス戦争において家族を皆殺しにされ、自身も大怪我をした少女が、その頃に普及し始めた火縄銃(ピーシュチャラ)を使って、大きな騎士たちを撃ち殺している。
乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ : 1 乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ (アクションコミックス)
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最も知名度の高い作品なら、宮崎駿の映画「もののけ姫」が挙げられる。
誰もが一度は見たことがあるだろう。
あの作品の中で、たたら場の女たちはやはり火縄銃を使って、鎧兜に身を固めた侍相手に戦っている。
スナイピング(遠くから敵を打つ)という行為は弱者側が行えば、十分に痛快な戦術として描けるのだ。
反対に、強者が弱者に行えば、ただの弱い者イジメにしか見えないだろう。
それがよく分かっていた宮崎駿と、分からなかったクリント・イーストウッド。
その差はどこから来るのだろうか?